丹後半島の沖合には、日本海の形成過程で生まれた海岸線からわずか15㎞で水深200mに達する急深で起伏に富んだ海底が広がっており、ズワイガニなどの良い漁場になっています。岩石が複雑に侵食されできた間人(たいざ)の入り江は天然の港となり、漁港として発達しました。かつては北前船の中継地にもなり、今でも当時船を繋いだ杭の跡が城島周辺に残されています。ここにはかつて聖徳太子の母である間人皇后(はしうどこうごう)が滞在していたという伝説があり、間人皇后が退座(たいざ)される際、皇后が自らの名前「間人」をこの地に与え、しかし人々は皇后の名前を呼ぶのは恐れ多いとして「たいざ」と呼ぶようにし、現在の地名「間人(たいざ)」が生まれたとされています。
主な見どころ
後ヶ浜
赤~ピンク色をした砂浜。上流から流れてきた花崗岩起源の真砂にピンク色の鉱物「カリ長石」が多く含まれるので赤っぽく見える。海水はとても澄んでおり海水浴にもぴったり。
京丹後市観光公社丹後町支部
0772-75-1500
城嶋
周囲4km、高さ21メートルの小島に、かつて城が構えられていたため「城嶋」と呼ばれている。現在は自然公園として利用され、島の北部では波食棚やポットホールも確認できる。ここでは「ドーム状構造」と呼ばれる、地層が盛り上がったような構造が各所で見られる。
京丹後市観光公社丹後町支部
0772-75-1500
間人漁港
入り組んだ地形を利用し発達した間人港のカニ漁は、小型船で経ヶ岬沖を漁場とするため、日帰り操業で鮮度が良く「間人ガニ」としてブランド化されている。※見学対応は要相談。
京都府漁業協同組合丹後支所
0772-75-0135
ガイドさんのおすすめポイント!
丹後町間人の北西にある城嶋は、周囲4㎞の小島で、市街地とは吊り橋で繋がっている。戦国時代、一色氏配下の荒川武蔵守の居城であったことから城嶋と呼ばれる。島の北西岸には、波の浸食によって出来た波食棚が広がり、浅場や潮溜りでは海の生物を観察できる。ここには、日本海が形成された約1500万年前に海底で起ったマグマの活動により、地層が盛り上ったドーム状構造をあちこちで見ることができる。
団体名 NPO法人まちづくりサポートセンター 中江忠宏
問い合わせ先
道の駅てんきてんき丹後(山陰海岸ジオパーク京丹後市情報センター) 京丹後市丹後町竹野313-1
TEL
0772-75-1411
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